学校に行けなくなった話①

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どうもこんにちは。とらラボです。

今日は僕が学校に行けなくなった話をします。

お時間ある方は是非。

 

小学生時代

 

・小学校1年生でいじめに遭う

小学校1年生から2年生の途中までいじめを受けていました。

無視され続けたり、物を隠されたり、鞄に砂を詰められたり。

ターゲットはちょくちょく変わって、僕も他の人をいじめさせられたりしていました。

色々やられましたけど一番きつかったのは無視ですかね。

元々仲の良かった子にまで無視され続けていたんで。

人に無視されるってめちゃくちゃキツいんです。

そのことを母親に伝えると、何日かに一回学校に来てくれるようになりました。

そして担任や校長にも伝わったのですが、母親が来ない日にはいじめられる生活が続きました。

ここで教師に対する不信感が募り始めます。

そして、僕は登校を拒否するようになります。

学校に行かなくなってから、見兼ねた母親が転校を提案してきました。

そして2年生の途中で近くの学校に転校したのです。

もし今これを読んでる方で、いじめを受けているなら僕は全力で伝えたいです。

逃げてください。

とにかくその環境から離れてください。

間違っても先生に相談しないでください。

友達にもです。

危険です。先生の力量次第では事態は悪化します。友人もいじめられない為ならあなたを裏切るかもしれません。

大人や友人が味方とは限らないです。

いじめ相手に抵抗するべきでもありません。

抵抗するべき相手はです。

親に心配かけまいと黙っている人や言っても聞き入れてくれないと思っている人、逆に怒られる等事情は様々だと思います。

ただ家に閉じこもってください。

学校に行ってはいけないです。

あなたの大切な心が壊れてしまいます。

ひたすら耐えて家から出ずに閉じこもるんです。

親がしっかり話を聞いてくれるまで。

そしてしっかり話を聞いてくれるようになったら

転校したい、もしくは退学したいと伝えましょう。

他の場所でいくらでもやり直せます。

あなたの理解者は必ず何処かにいるんです。

僕はインターネットの世界に飛び込むことをお勧めします。

あなたと似た人を探してください。

そしてインターネットの中で、人同士の会話を観察してください。

人間がどんなことを考えているのかよーく考えて観察してください。

そうすれば無理に人とコミュニケーションを取らなくても、コミュニケーションの取り方は学べます。

そうすればいつか必ずまた歩き出せるようになります。

僕はあなたの幸せを心から願っております。

どんなにあなたが人に尊厳を踏み躙られようが、僕はあなたを尊敬しています。

どうか少しの勇気と希望をもってください。

 

・転校後

 

転校初日にその学校の一年生と喧嘩してしまいます。

なんで近くの学校から転校してきたのか聞かれ続け、からかわれたのです。

相手の子は、当時習っていた空手の道場で一緒でした。

そこで僕はパニックになり手を出してしまったのです。

親が電話で謝ってるのをみてとにかくもう親に迷惑かけずに生きようと決意します。

そして転校後の生活は次第にうまくいき始めます。

友達も沢山できました。

 

K先生との出会い

 

3年生になると担任がK先生になります。

K先生は3,4,5,6年全ての担任になってくれました。

K先生の授業はとんでもなく面白かったです。

今でも頭の中で再生できる授業もあります。

初めて学校の授業が楽しいと実感します。

他の生徒達も夢中で授業聞いてましたね。

 

・ゲームへの熱中

 

4つ上の兄の影響でゲームに夢中になり始めます。

ひたすら毎日友達とゲームをする日々でした。

モンハンとか1000時間以上やってますね。

大体のゲームはやりました。

 

・学級崩壊

僕の地元は治安が悪く、学校にも問題児が多くいました。

そんな子も仲良くなると良い子なので僕も影響を受けてグレ始めます。

K先生が担任であった時は多少の喧嘩こそありましたが、基本は平和でした。

5年生になった頃、担任が一度K先生ではなくなります。

代わりにM先生が担任になりました。

M先生は女性で、あまり圧があるような方ではありませんでした。

M先生の授業はお世辞にも面白いとは言えず、生徒達は退屈し始めます。

段々と授業中の会話は増え、立ち歩く生徒まで出始めてしまいます。

そして注意する生徒とふざける生徒で喧嘩を始めるのです。

先生だけで収められないほどクラスは崩壊していきます。

そしてM先生は精神を病まれてしまいます。

またK先生が担任に戻ってくることになりました。

今考えてみると

K先生を返せ

という子供達の反乱だったのかなとも思ってしまいます。

本当に退屈であったのは事実ですし、一度素晴らしい授業に慣れてしまっていたのでその反動でもあったのかなと。

ある意味素晴らしい授業のデメリットでもあるのかもしれません。

 

K先生復活

そこから暫くは生徒もまだ非行を続けますが、

次第に皆落ち着き、また学校生活が成立しはじめます。

この頃から僕は中学受験勉強をはじめます。

前の学校のいじめっ子と同じ中学にならないために私立の中学に行こうとするのです。

・中学受験

 

SAPIXに通い始めます。

勉強は得意だったのですが、塾も退屈でした。

K先生の授業よりつまらないんですもん。

ゲームより、友達との遊びより。

宿題も放棄して遊びまくってました。

やっとできた友達と遊ぶのも凄く楽しかったので。

そして塾に行くようになると、学校の授業は大体先取りして塾でやっているので自分が天才だと錯覚し始めます。

小学校6年生の時、クラスメイトを馬鹿にした僕にK先生が

「お前が天才でいられるのは、お前の才能でも努力でもない。塾に通わせることのできるお前の親の経済力のおかげだ。」

と僕に説教してくださいました。

その時はよく理解できませんでしたが、人生を通して確実に僕の心の中の天狗に楔を打ってくれる言葉でした。

今考えるとよく小学生にこんなこと言うなって笑ってしまいますけど笑。

多分それも信頼してくれていたんだろうな、と思っています。

僕ならその言葉の本質を理解できると。

大人としての器をもっていて、その上子供扱いしない人でしたね。

本当に感謝しています。

 

中学生編へ続く。

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